2009年7月29日滋賀県秦荘中学校の柔道部で顧問に投げられた直後に意識不明になり、約1ヶ月後に急性硬膜下血腫で死亡した村川康嗣(当時12歳)の柔道事故の真実を明らかにし、それを多くの方に知ってもらうためのブログです。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009年7月29日に滋賀県愛荘町立秦荘中学校で柔道部の部活動中に事故が起りました。

私の甥、村川康嗣(当時12歳)が当時27歳の柔道部顧問のI講師に投げられた直後に意識不明になり、硬膜下血腫を起こしたのです。
救急搬送された病院で緊急手術を受けましたが、意識が回復することなく、約1ヶ月後の8月24日午前2時に死亡しました。

康嗣は、何故事故に合わなければならなかったのか、何故死ななければならなかったのか。
このブログは、家族の目を通し、事故の事実を明らかにし、それを多くの方に知ってもらうためのブログです。

また、この事故について語られる様々な噂や憶測や嘘が、さも家族から出た言葉のように捉えられることを防ぐためでもあります。

多くの方は、この事件について断片的な情報しか持ち合わせてないと思います。
その断片的な情報の中で、様々な方が様々ことを語り、様々な噂や憶測や嘘が流れています。

しかし、事実は、あるいは情報は、家族の元に集約されるものです。
第三者による事故原因の医学的な考察、様々な医学論文、多発している学校の柔道事故に関する膨大な資料、捜査情報、当時の部活の指導内容、柔道の専門家による考察、等々。

家族の元に集約された、それらの様々な情報を、冷静に判断していくと、今回の事件が何故起り、何故康嗣が死ななければいけなかったのか、その原因はどこにあり、誰に、あるいはどこにその責任があるのか、が見えてきます。

このブログでは、それらの情報を開示しながら、この事件の真実を明らかにしていきたいと思っています。


 
2010年3月21日

 
スポンサーサイト

【2009/07/29 17:50】 | 初めに
トラックバック(0) |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。