2009年7月29日滋賀県秦荘中学校の柔道部で顧問に投げられた直後に意識不明になり、約1ヶ月後に急性硬膜下血腫で死亡した村川康嗣(当時12歳)の柔道事故の真実を明らかにし、それを多くの方に知ってもらうためのブログです。
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2009年8月7日(金曜日)
脳死状態であると告げられた翌日、康嗣の自発呼吸が止まったことをK医師から知らされた。

自発呼吸が停止した後は、確実に心停止が起こる。
それが、いつ起るのかは解らないが覚悟をしてくださいと言われる。 

統計を調べてみると、自発呼吸の停止から1週間以内に8割くらいの方が心停止し、2週間までに9割くらいの方が心停止している事が解った。

妹は、心臓が動いている間は延命措置を講じてもらうようK医師にお願いをし、了承していただいた。

家族には、康嗣の命がゆっくりと消えて行くのを見る、地獄のような日々がこの日から始まった。

そしてこの日、妹は、PTSDであると診断をされた。 

 
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【2009/08/07 10:44】 | 医師の説明
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2009年8月6日(木曜日)
朝にCTを撮った後、主治医のK医師より話があった。

右脳、脳幹の他に左脳まで損傷が及んだことを知らされる。

この時点で、脳の全機能が損害を受けており、機能が回復しないこと、いわゆる脳死の状態であると告げられた。

また、今回の事故について、必ず何らかの予兆があったはずで、その時に適切な処置をしていれば、このような事にはなっていないと明言された。

兆候があったのだ。
その兆候を見過ごされたから、康嗣は、こうなったのだ。

これは、やはり単なる不慮の事故ではない、起こるべくして起こった事故である。
私は、K医師の言葉でその事を確信した。

【2009/08/06 10:41】 | 医師の説明
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長い夜が明けたあと、妹が待合室に入ってきた。
今から手術をしていただいたK医師から説明があるので、同席をしてほしいと言われる。

私は妹とK医師から術後の説明を受けた。

・運び込まれたすぐにCTを撮り、右脳内に出血が認められた、非常に危険な状態であるので緊急手術を行った。

・開頭すると血がシャワーのように吹き出した。これは、以前から、徐々に出血がありそれが溜まってこうなったものではなく、一気に血管が切れて血が噴き出したからだと思われる。

・血は全て取り除いたが、右脳と脳幹が損傷をしており、非常に危険な状態である。

・また、血液によって圧迫されていた脳が腫れ上がってきたので、脳の一部を切除しなければならなかった

・脳の腫れは、1週間から2週間続くので、この2週間が山場であると思ってもらってよい。

・ただし、非常に危険な状態で、生存確率は10%未満。命が助かっても、いわゆる植物状態になる可能性が極めて高い。

と、告げられた。
また、この時に、頭部に外傷はなく、症状としては脳に過度な遠心力が加わり、その衝撃で血管が切れた症状に似ていると説明があった。

頭部に外傷はなく、過度な遠心力が加わり、血管が切れた。
その時には、私がそれがどういう状況で起るのか、まったく見当すらつかなかった。

また、頭部に外傷がないという部分だけを取り上げ、その後学校がこの事故は部活動の練習に起因しないのではないか、という論理展開をする事も予想をしていなかった。

K医師へお礼を申し上げ、私は一端実家に帰った。
午後から、聞き取り調査の結果を実家に持ってきてもらう約束になっていたのだ。

 

【2009/07/30 09:30】 | 医師の説明
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