2009年7月29日滋賀県秦荘中学校の柔道部で顧問に投げられた直後に意識不明になり、約1ヶ月後に急性硬膜下血腫で死亡した村川康嗣(当時12歳)の柔道事故の真実を明らかにし、それを多くの方に知ってもらうためのブログです。
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5月22日の土曜日に、日本ライト級のチャンピオン荒川仁人選手に実家を訪れていただきました。

康嗣の霊前で新チャンピオンになった事をご報告をしていただき、そして、あろうことかチャンピオンになった時に貰われた記念のトロフィーを康嗣に頂きました。

ご自身が初めてチャンピオンになって貰われた、世界に一つしかないトロフィーです。
そのような貴重なものはいただけないと何度も固辞をしましたが、荒川選手は
「喜んでもらえる人に持っていてもらうのが一番いいですから」
とおっしゃり、頂戴することになりました。

家族一同、感動のあまり、感謝の言葉もみつかりませんでした。

康嗣の霊前には、今荒川選手のポスターとともにトロフィーが飾られています。

荒川選手、八王子中屋ジムの皆さん、いつもご支援をいただき、本当にありがとうございます。

写真は、新チャンピオンになられた時に、控え室で康嗣の帽子を被っていただいて撮った一枚。
nihito.jpg









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【2010/06/01 09:32】 | 感謝
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荒川選手、男前!
heppoko runner
 気は優しくて力持ち!荒川選手は男の中の男ですね。
 秦荘中、および愛荘町関係者に、荒川選手の爪の垢を煎じて飲ませたいです。

Re: 荒川選手、男前!
Uncle Mustache
heppoko runnerさま
いつもコメントありがとうございます。

>  気は優しくて力持ち!荒川選手は男の中の男ですね。

一つしかないトロフィーを康嗣にいただいた際のお話しぶりが、あまりにも爽やかで、本当に感動をいたしました。
いろんな方に支えられていることを実感いたします。


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4月22日、ボクシングの日本ライト級タイトルマッチで新チャンピオンが誕生しました。
八王子中屋ジムに所属されている荒川仁人選手です。

荒川選手は、康嗣が生前に交流をさせていただいていた選手でもあります。

日本ライト級のタイトルマッチの前、荒川選手は一つの約束をしていただいてました。
必ず勝って、ベルトを持って康嗣の墓前に報告に行く、と。

今度の土曜日、約束通り、荒川選手はベルトを持って康嗣の墓前に報告に来られます。

荒川選手そして八王子中屋ジムの皆様、ありがとうございます。
康嗣の喜ぶ顔が目に浮かびます。





【2010/05/21 00:17】 | 感謝
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No title
一母
荒川選手が、チャンピオンベルトを持って康嗣君に報告に来て下さった記事を読みました。
康嗣君は、当然生きて勝利を共に喜べたはずです。
怒りをもって、記事を読みました。

一母さま
Uncle Mustache
おっしゃる通りです。
このベルトを実際に康嗣が目にしたら、あいつはどんな顔をして喜んだだろうと、ついつい頭に描いてしまいます。


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