2009年7月29日滋賀県秦荘中学校の柔道部で顧問に投げられた直後に意識不明になり、約1ヶ月後に急性硬膜下血腫で死亡した村川康嗣(当時12歳)の柔道事故の真実を明らかにし、それを多くの方に知ってもらうためのブログです。
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7月29日で、事故の発生から2年がたった。
あの夏から数えて3度目の夏になる。

刑事告訴から1年半。
警察は、いまだに捜査中だという。
優秀な日本の警察が、犯人が逃亡している訳でもなく、被害者、加害者が明確なこの事件を、1年半もかけてまだ何を捜査するのだろうと思っている。


愛荘町の第三者による事故検証委員会の報告から1年。
村西俊雄愛荘町長が「事故は、町、顧問、中学校、教育委員会に責任がある」と初めてマスコミの前で述べてから1年。
しかし、この1年で愛荘町から何ひとつ連絡はない。


民事提訴から4ヶ月。
「事故の責任は町にある」と村西俊雄愛荘町長が認めながら、裁判の答弁書では町の責任を一切認めなかった愛荘町。
明日、8月1日までには、被告側の代理人より私達が出した訴状への反論が大津地裁に提出される予定になっている。


あの夏から数えて3度目の夏までに、ここまでのことしか出来なかった。


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【2011/07/31 11:20】 | 事故の経緯
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事故の経緯から死因まで、可能な限り短い期間で、掲載しました。
現在、愛荘町が第三者機関なるものに委ねている康嗣の事故の検証について、その報告書が出る前に遺族側としての事故経緯と事故原因について言及をしたかったためです。

ここまで記載してきた事をまとめます。

1.秦荘中の柔道部の部活動の内容は、適切であり、安全に配慮されたものであったのか?
これについては、柔道の安全についてというカテゴリの中で記載した、全柔連の「柔道の安全指導」という手引きの内容と照らし合わせて検証をしてきました。
受身の習得や、乱取りに至るまでの段階的な指導方法、初心者への配慮、一宮顧問による日常的な生徒への暴力等、多くの部分で、全柔連の安全指導とはかけ離れた練習が行われていたことが解りました。
また、怪我をさせないように注意する、安全性を確保する、という顧問としての当然の責務は果たされておらず、すくなくとも、初心者である康嗣に対しては、無謀な練習が課せられていたと判断しています。
また、学校自体も、過去に骨折事故という重大事故をおこしていながら、柔道部の顧問に安全への配慮が徹底指導されていなかったと言わざるをえません。

2.事故当日の柔道部の練習は康嗣にとって適切なものであったのか?
妹から再三にわたり、一宮顧問に対し、初心者である康嗣に配慮した練習をさせて欲しいという申し入れがあったにもかかわらず、当日の練習は康嗣にとっては過酷なものでした。
とくに、無制限で行われた26本の乱取りは、初心者である康嗣を最後まで居残らせてのものです。
休息をせずに26本の乱取り、それも15本目以降は水分補給さえ許されていません。
受身の指導が徹底されておらず、約束稽古も指導されておらず、県下でも強豪とされる柔道部の上級生と柔道経験わずか30日程度の初心者が連続で25本の乱取りをした後、顧問と2分以上の乱取りをさせるという事自体、それだけをとっても当日の指導内容が康嗣にとって適切さを欠く、無謀なものであったと判断します。
最後の一宮顧問との乱取りにおいて、一宮顧問は、意識障害の兆候のあった康嗣を大外返しという返し技で投げています。この事は、私達は練習ではなく、練習という名前を借りた有形力の行使であると認識をしています。

3.事故の原因について
硬膜下血腫が原因です。
この硬膜下血腫は、当日の柔道部の練習中に起因するといのが執刀をされたドクターの見解です。
学校や町教育委員会の言う、事故の原因は当日の柔道部の練習には無い、という意見は間違いです。
当日の柔道部の練習において、康嗣の脳内に出血がおこり、それが硬膜下血腫の原因となったのです。
また、当日の練習において、一宮顧問はあきらかに異常行動をとる康嗣の状態を見極めることができず、無謀な練習を継続させました。
前述の全柔連の「柔道の安全指導」の中に、柔道を指導するものには、危険予見義務と危険回避義務があると明記されています。危険要因を予知、予見して安全を確保する義務と危険要因を取り除いたり、要因が重なり合わないよう危険を回避する義務です。
これらの義務は果たされておらず、康嗣の意識障害の徴候を見逃した事、これが康嗣が死亡に至った原因です。

4.事故発生後の措置
一宮顧問は、すでに意識を消失している康嗣に対して、頬を叩いて覚醒を試みるなど、脳損傷をおこした頭部をさらに揺らす行為をしています。
これも、全柔連の指導とはかけ離れた措置です。
次に、熱中症であると誤認して、全身に水をかけたり、癲癇を疑うなどし、当初は重篤な脳損傷である事を認識していなかったと考えます。
また、救急車の要請は、たまたま道場を通りかかった別の教諭がするなど、事故発生後の対応に問題があったと判断します。

5.事故は未然に防げたのか?
一宮顧問が初心者である康嗣に対して、無謀な練習を課さなければ、事故は防げたと考えます。
また、指導者の責務である危険予見義務と危険回避義務により、練習中の康嗣の意識障害をいち早く感知し、適切な処置をとっていれば、死は回避できたのです。
予見するどころか、意識障害の出ている康嗣に、更なる過酷で無謀な指導をしたことで、康嗣の救命の機会は完全に断たれたのです。




私達遺族は、康嗣の死は防げたと考えています。
そもそも、全柔連の提唱する適切な指導方法で指導さえされていれば、安全への配慮がされていれば、危険予知と危険回避がされていれば、事故そのものが発生しなかったと考えています。

死ななくてよかった命が散った。
この事の重みを、関係者には強く認識していただきたいと思います。



【2010/05/12 20:30】 | 事故の経緯
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事故経緯のついては一通り説明した。
ここから、康嗣の死因である、急性硬膜下血腫が何故起こったのかについて、公開できる可能な範囲で記載していきたい。

まず、急性硬膜下血腫とはどのような症状の事をいうのだろうか。
硬膜とは脳を覆っている三層からなる膜の内、最も頭蓋骨に近いもの(頭蓋骨に近いほうから、硬膜、くも膜、軟膜がある)で、頭蓋骨の内側に密着している1mmほどの厚さの膜をいう。
急性硬膜下血腫というのは、この硬膜の内側に出血が起こり、その血によって脳が圧迫をうける状態のことをいう。

脳と硬膜の間に溜まって行く血によって、脳が圧迫され、損傷を起こすのだ。

急性硬膜下血腫は、2つに分類され、1つは脳挫傷を伴い、この挫傷部位から硬膜下へ出血するもの。
もう1つは脳挫傷を全く、もしくはほとんど伴わず、脳と硬膜を連絡する静脈の断裂によって生じるものである。

康嗣の場合は、後者であった。
脳挫傷が伴わないケース。
したがって、頭に打撲痕などなかったのだ。

この脳挫傷の伴わない硬膜下血腫の発生のメカニズムを解説する。
脳は頭蓋骨と架橋静脈という太い血管で繋がれてている。
さらに、頭蓋骨と脳の間には、髄液で満たされた空間があり、いわば脳は頭蓋骨の中で水に浮いたような状態になっているのだ。

頭部に強い衝撃や回転加速をうけると、頭蓋骨が直線的に移動または回転する。
この時、硬い頭蓋骨より柔らかい脳の方がより大きく動く。脳が強く揺すられることで、脳実質、脳表と頭蓋、硬膜の間でズレが生じるため、架橋静脈が切れる。

頭部に衝撃を受けると、頭蓋骨の中で、脳が動く(回転する)のだ。
脳が動くことで、脳と頭蓋骨を繋いでいる血管が伸び、そして破断する。

乳幼児ゆさぶられ症候群という頭部外傷がある。
乳幼児を激しく揺さぶると、頭蓋骨の中で脳が激しくゆれ、その事で脳の血管が切れるなどの重大な脳損傷に繋がるというものだ。
基本的な、発症のメカニズムは、この乳幼児ゆさぶられ症候群と同じだ。

水を張った丸いボールの中に、丸い形の豆腐が入っていると想像してもらえると解りやすいかもしれない。
ボールに回転加速を加えて止めても、ボールの中で水に浮かんだ豆腐は廻り続ける。
その廻り続ける豆腐とボールの間に血管があれば、血管は脳の回転に伴い伸び、伸展が激しくなると、やがて破綻する。

これが、康嗣に起こった急性硬膜下血腫だ。

秦荘中学校の北村校長は、テレビ朝日のスーパーモーニングの取材において、康嗣の急性硬膜下血腫の原因は、当日の柔道部の練習に起因しないと述べた。
また、愛荘町教育委員の辻次長も同様に、たまたま柔道部の練習中に発症したからああなったのだ、と述べた。


康嗣の頭には外傷はなかった、したがって、当日の柔道部の練習で頭を打って脳内に出血を起こしたのではなく、柔道部の練習に来る前に別の原因で既に脳内に出血があったと言いたいのだ。

このブログでも記載したように、この彼らの見解は、出血は練習中に起こったものだとして、すでに否定されている

福島県の須賀川事件の時にも、横浜の奈良中事件の時にも、学校や教育委員会は同じ事を言った。

須賀川の時には、学校側が「(被害にあった生徒は)柔道を始める前から頭に病気を持っていたらしく、それが練習中に発症した」と説明をした。
横浜の時には、「電信柱に頭をぶつけたのではないか」と教育委員会が主張をした。
どちらも、何の裏付けもない虚偽の証言だ。

秦荘中学校も、愛荘町教育委員会も、同じ愚をおかそうとしている。
彼らは、先例から何一つ、学ばなかったのだろうか。

北村校長と辻次長には、このご自身の発言の根拠を明確にしてもらいたいと思っている。
このブログを見ていらっしゃるだろうから、是非コメントをいただきたい。

私がかろうじて推測できる彼らの発言の根拠らしきものは、彼らがお題目のように、保護者会でも、マスコミの取材にも、唱えている「頭部に外傷はなかった」という言葉だ。
頭部に外傷は無かったから、練習中に頭はぶつけてはいない。
練習中に頭をぶつけていないから、出血の原因は柔道とは関係ない、という理屈なのだろう。

前述のように、急性硬膜下血腫は、頭部の外傷がなくても起こるのだ。
頭部に外傷がなくても、脳が回転することで、血管は切れるのだ。
激しい勢いで投げられる事によって、頭蓋骨の中で脳が回転し、架橋静脈は破綻するのだ。

中高生の柔道の死亡例の60%以上が、脳損傷によるものだ。
この非常に多くの悲しい死亡例には、架橋静脈が回転力によって破断する事例が多く含まれている。

全国柔道事故被害者の会では、6月13日に「柔道事故と脳損傷」と題したシンポジウムを開催する。
スポーツドクターであり、脳外科の専門医でもある野地雅人医師、乳幼児揺さぶられ症候群の権威である山田不二子医師による講演を予定している。
柔道事故における脳損傷を、医学の観点から解説いただき、その危険性に警鐘をならしていきたい。

目に見える怪我だけではない、目に見えない脳の中で重大な損傷が発生しているかもしれない。
柔道に携わる方には、この事を常に頭の中に置いていただきたい。

柔道界からも多くの方がこのシンポジウムに参加していただける事を望んでいる。



【2010/05/07 14:25】 | 事故の経緯
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急性硬膜下血腫
グレープフルーツ
今日、今、うちの子はICUで戦っています。中1の12歳です。脳ヘルニアにまでなってしまい生きる為頑張ってます。

Re: 急性硬膜下血腫
Uncle Mustache
グレープフルーツ様
> 今日、今、うちの子はICUで戦っています。中1の12歳です。脳ヘルニアにまでなってしまい生きる為頑張ってます。

昨年の8月、我が家も全く同じ状況でしたので、今のお気持ち推察いたします。
お子さまの状況が良くなりますことを、心から祈念しています。



No title
一母
グレープフルーツさま

我が子を失うのもつらい。障害を持つことになった我が子を見守らねばならないのもつらい。
せめて同じ家族として、共に手を携え合いたいとお考えでしたら、「全国柔道事故被害者の会」をクリックしてみて下さい。
http://judojiko.net/
私達は何の力も持ち合わせておりませんが、同じ境遇の家族が集まっております。

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事故の経緯の最後は、一宮顧問に返し技で投げられた直後から救急搬送されるまでの様子について記載する。
時間経過などは学校側の作成した資料をベースにしてある。

16:20頃
・(意識を失い、倒れた康嗣に) 一宮顧問が服を脱がして、水をかけて呼びかける。

頭から足にかけ、全身に水をかけたのだという。
最初、1年生がペットボトルに組んでおいた水を2本かけ、それが無くなると 一宮顧問が生徒に汲みに行かせた。
かけられた水はペットボトルで5.6本。

最初、 一宮顧問は、熱中症だと思ったのだ。
なので、全身に水をかけた。
搬送された病院の看護士の方が、衣服が下着まで、ずぶぬれだった事に驚いていたという。
この事は、当日、練習に参加して指導を行っていた部外者のN氏も聞取り調査の中で、最初は熱中症を疑ったと証言している。

学校の説明は以下のように続く、

・ 一宮顧問が1年生の○○君に指示し、他の先生を職員室に呼びに行かせる。
・ 一宮顧問は、こうじの舌を出しタオルをつっこんでいた。


一宮氏は、次にてんかんを疑ったのだ。
これは、N氏の聞取り調査の中でも明らかになっている。

ちなみに、このN氏の聞き取り調査、事件後2ヶ月を経てから行われた聞取り調査であるが、この聞き取り調査の内容が、お友だちである一宮氏を庇うひどい内容になっている。機会があれば、紹介することもあるだろう。

そして、この間、 一宮顧問は康嗣の頬を平手で何度も打ち続け、意識を覚醒させようとしていた。

全柔連の安全指導の手引き書に、

覚醒か、昏睡かの意識状態を確認します。
その際、ゆす ったりせず、軽く肩をたたきながら声をかけます。


とあった事を思い起こして欲しい。
脳損傷を起こしている相手の頬を打ち、頭を揺らすという行為がどのような事に繋がるか、彼にはその程度の知識もなかったのだ。

全柔連の安全指導の手引き書に記載されていた、初心者への配慮も、受身の指導も、適切な休息も、相手に応じた乱取も、事故後の処置すらも、何一つ、彼には解っていなかったのだ。


16:22頃
・職員室から他の先生が来る前に、たまたま通りかかったか宇賀教諭が119番する。

この時、宇賀教諭はたまたま、通りかかったのだ。
そして、この時に、宇賀教諭のほうから救急車を呼ぶかと一宮顧問に尋ねたという。
この時、たまたま宇賀教諭が通らなかったら、救急車の要請は更に遅れていただろう。

16:28頃
・救急車が秦荘中学校に到着

救急隊が到着した時にはすでに、康嗣の瞳孔は散大し、救急隊の呼びかけにも応じなかった。

16:40頃
・救急車が秦荘中学校出発

救急車に同乗したのは、一宮顧問と谷田学年主任だったという。
搬送中も、康嗣の瞳孔は散大し、救急隊の呼びかけにも応じず、重篤な状況であると同乗した一宮顧問と谷田学年主任に救急隊より説明があった。

中学校からは、私の実家に電話があった。
中学校は、最初妹の携帯に連絡をいれたが、出なかったので実家の方に電話をしたと説明をしたが、妹の携帯に中学からの着信履歴はなかった。

実家でその電話を受けたのは、私の母(康嗣の祖母)だった。
私の母が、妹の携帯に連絡をいれた。

妹は、秦荘中学校に電話をいれ、事情を聞こうとしたが、その時電話に出た中学校の職員は、
「留守番の者だから、解らない」と言ったのだそうだ。
これほど、重大な事故が起こっていながら、電話に出た職員は留守番だから解らないといったのだ。
これが、秦荘中学校の危機管理の実態だ。

妹は、一宮顧問の携帯に電話を入れた。彼は、妹からのその電話を受けた時、康嗣に付添い、救急車に同乗し、病院へ向かっている途中だった。
開口一番、一宮顧問は妹に、
「頭は打っていません!」と言ったのだそうだ。
事情も解らず、電話をかけてきた妹に、康嗣の状況などの説明もせず、まず、「頭は打っていない」と言ったのだ。

16:40頃
・救急車が彦根私立病院に到着

救急処置室で、事故当時の状況を医師から説明を求められ、一宮顧問がこれに応えた。
医師は頭部打撲について尋ねたというから、おそらく、彼はここでも「頭は打っていません!」と言ったのだろう。

その後、私の父(康嗣の祖父)が病院に到着した、そして、妹も病院に着いた。
妹の顔を見るなり、一宮顧問はここでも、開口一番「頭は打っていません!」と言ったのだそうだ。

CTを撮り、緊急手術が開始された。

妹から電話をもらった私は、この日の夜に病院にかけつけた。

これが、事故に至る全経緯だ。


【2010/04/30 14:10】 | 事故の経緯
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引き続き、事件当日の練習の内容。
6.乱取り:2分間×無制限(中盤~後半)

15:38頃
8本目が終了したあと、水分補給が行われたのみで引き続き乱取りが継続された。

9本目が終わった時点で、一年生の内1名が抜けた。
この時点で上級生8人対1年生5人となった。

中盤の康嗣の様子を、ある生徒さんはこのように学校側の聞取り調査で記述している。

・康嗣君は10本目ぐらいで息が荒かった。

15:52頃
15本目の乱取りが終了した時点で、水分補給があった。

この15本目終了の水分補給以降に、康嗣に異常が現れる
多くの生徒さんがそのことを学校側の聞取りの時に証言をしている。
また、一宮顧問自らも、この時の水分補給の際に康嗣に異常があったことを以下のように言っている。

・15本終わった後、康嗣君は水分補給するための水筒がある中央と違う壁側に行こうとしたので、水分補給するようきつく言った。「おい、康嗣。どこ行くんや。水分とらんかい」

ここでは言及しないが、家族の行った聞取り調査においては、この時の康嗣の異常さがより具体的に語れている。
康嗣のこの時の様子は、正常とは思えなかったとする証言もある。

また、15本目の水分補給以降、練習に参加していた生徒が学校側の聞き取りに答えた康嗣の様子も、以下のように変化する。
15本目以降の康嗣の様子に、あきらかな異変を観ていたのだ。

・18本目ぐらいでフラフラ、フニャフニャ、下にしゃくるとすぐに倒れて投げられても投げられてもすぐに立てない様子
・康嗣君は1回も技をかけてこなかった。動きが鈍かった。ばてていた。
・すでに康嗣はフラフラしていた。
・私が、乱取りを抜けてからは、康嗣君はいつもよりフラフラしているように見えた。崩しに対してすぐに倒れていた。よく絞められていた。
・上級生と乱取りをしていてぐったり横になっていた。(絞められたと思う)
・康嗣君は1回も技をかけてこなかった。すぐに倒れた。
・最後の方は動きがなくて立ち上がるのにも一苦労しているように見えた。
・康嗣君はいつもよりしんどそうだった。
・2.3年生は1年生しが乱取りをおこなわなかったため、体力的にも余裕があり、いつもより動きも良く、技も速いと感じた。


15:58頃
18本目が終了した時点で、残っていた5名の1年生のうち2名が一宮顧問の指示で抜けた。
この時点で、上級生8人対1年生3人

16:00頃
19本目が終了した時点で、残っていた3名の1年生のうち1名が一宮顧問の指示で抜けた。
この時点で、上級生8人対1年生2人

16:06頃
22本目が終了した時点で、残っていた2名の1年生のうち1名が一宮顧問の指示で抜け、康嗣一人が練習を続けさせられた。

この時点で、上級生8人対康嗣のみ。
康嗣一人に対して、上級生が入れ替わり乱取りをする形になった。

他の1年生は、水を汲みにいったりしていた。
上級生は道場の周りで水分補給をして休みながら、康嗣の乱取りの様子を見ていたのだと言う。

道場の真ん中で、一組だけ、フラフラでフニャフニャと称されるような状態の康嗣が上級生と乱取りを続けさせられている。
私はその光景を想像しただけでゾッとする。
たまらない嫌悪感を感じる。

16:12頃
25本目に乱取りをした生徒からは、このような証言が出ている。

・道着を握る力がいつもより弱かった。
・疲れている様子だった。
・頭は何回か打っているだろう。彼は受け身が上手ではない。


生徒は察知していたのだ。
普段の康嗣との違いを。
何かの異変を感じていたのだ。

そしてこの25本目の乱取りの後(2分間を25本、休息無しで乱取りをした後)、一宮顧問自らが自分が相手をすると言った。
休息をさせず、25本の乱取りを続けさせ、15本目以降には水分補給もさせずに10本以上の乱取りをした生徒に対して、自らが相手になると言ったのだ。

16:14頃
26本目
この26本目の一宮顧問との乱取りは、今までのように2分間ではなかった
2分間でセットしたタイマーのブザーが鳴っても、彼は乱取りを辞めずに継続したのだ。
この顧問との乱取りを観ていた生徒からは、以下のような証言がある。

・康嗣は、ばてばてだった。
・康嗣君は先生との乱取りのとき、いつもと違って自分から行かなかった。ゆっくりとかかっていった。
・康嗣君が倒れた。先生とやって、絞める、落ちる立ち上がる(男子はよくある。)


26本目の乱取りで、
まず、大外刈りをかけにいった康嗣を、顧問は大外返しという返し技で投げた。
フラフラでフニャフニャな状態の子供を、元来、受身がとりづらいとされる返し技で投げたのだ。

これは一体何の練習なのだ?

次に、寝技をされて、締められ、倒れた。そして、「早よ立てや!」と顧問に大声で叱責をされて立ち上がらされた。

16:20頃
学校側は事件の発生時間を16時20分としているが、タイマーの時間経過からするとおそらく17分前後であったのではないかと考えられる。

そして、最後に、もう一度大外刈りをかけにいった康嗣を、一宮顧問は同じように大外返しによって投げた。
その直後、康嗣は、意識を消失し、そのまま立ち上がらなくなったのだ。

この時の様子を学校側の行った聞取り調査で、生徒は、

・もう一度先生が投げたが立ち上がらなかった。
・康嗣が先生と組んでいいるときに倒れた。
・康嗣君がグターとしたので一宮先生が顔を叩いたり水をかけたり、風をあてたりした。このとき、康嗣君は「うー」と小さい声を出していた。
・一宮先生が3本ぐらい投げた後、康嗣君は立ち上がれなくなった。(一宮先生の投げは早かった。


と記述している。

フラフラでフニャフニャな状態の(意識障害が出ている)子供を、受身が取りづらいとされる返し技で、激しい勢いで、投げたのだ。
そして、その直後、康嗣は意識を消失し、起き上がらなくなった。


(続く)

【2010/04/29 01:34】 | 事故の経緯
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引き続き、事件当日の練習の内容。
5.乱取り:2分間×無制限(前半)

15:20頃
この日の乱取りは、1年生対2・3年生という形式で、1年生は必ず2・3年生と乱取りをしなければならなかった。(それまでは、いわゆる総当たりのように、1年生対1年生が組むこともあれば、上級生と組む事もあった、また上級生同士が組む事もあった)
この形式での乱取りも、この日初めて行われた練習である。

2分間×無制限で行うと一宮顧問から宣言され、乱取りが始まった。
通常の練習では、4分間×10本+3分間×7~8本という形で行われる乱取りが、この日は1本の時間は短縮されてはいるが、本数が無制限で行われたのだ。
通常なら、本数の半分を過ぎたあたりで後何本だと自分の中で計算もできる、しかし、それが無制限で行われると、いつ終わるのか解らない恐怖がつきまとうと、ある生徒さんが証言してくれた。
その通りだろう。

この日の乱取りについて、学校側が行った生徒の聞き取り調査では、このような言葉が並んでいる。

・本数指定無しだった。無制限で一宮先生の「抜けろ」という指示であがった。康嗣くんの様子はいつも通りだった。練習はいつもしんどいけど、昨日は無制限ということもあってしんどかった。
・1年生にはきつかった。
・2、3年生(計8人)にくらべ1年生は6人なので(1年生は)休息できるタイミングがすくなかった。
・(乱取りは)1年生と2・3年生が組む形で(この形式での乱取りは初めて)
・1年生中心のメニューだった。乱取り練習がいつもより多く思えるので、村川君だけでなく1年生全体がしんどそうであった。
・1年生の中には泣いている子(康嗣君ではない)もいて、練習をしんどがっているようにも見えた。
・乱取り(1年生中心の練習)2分を何本もやっていく(本数指定なし)。無制限でI先生の「ぬけろ」という指示で上がる。


また、この日、何故1年生対上級生という形式での乱取りが行われたのか?
これについて、同じく学校側の行った聞き取りの中にこのような言葉がある。

・1年生は大会の出来がよくなかったので上級生と乱取り。

乱取り中に、絞め技をする生徒が出てきた。
学校側はこの時の事をこう説明している。

寝技絞め技をする生徒が出てきたので、
一宮顧問「寝業してもかまへん(寝技をしても構わない)。落としてもかまへん(気絶させても構わない)。(1年生は)落とされたくなかったら顎を締めろ」
一宮顧問聞取り:(絞め技は)顧問がいるときのみ練習し、落ちる前に顧問が「放せ」と指示をしている。生徒同士の乱取りで生徒が落ちた事はほとんどないが、Iとの乱取りで2,3年生で我慢する事は落ちる場合もあった。1年生で落ちた生徒はいない。
*絞め技は、中学校で正式に認められている寝技の一つで、相手の首を絞める技。送り襟締めなどがある。


しかし、生徒の聞取りでは、このようになる。

・(一宮顧問から)締めて落ちるまでやるように指示(やめの合図をしてもしめられ続ける)
・普段はしめはない


15:36頃
乱取りが8本終わった時に水分補給があった。
ここまでの乱取り中の康嗣の様子は、普段と同じだったとする聞取り内容が多い。
この時(8本目が終わった後)の水分補給も康嗣は正常にとっている。


(続く)


【2010/04/28 14:07】 | 事故の経緯
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ここから、事故当日の事について記載していきた。

当日は曇天だった。
最高気温は、彦根で31.4度、最低気温が23.7度。
曇天で30度を超す気温なのだから、蒸し暑い一日であったと思われる。

当日、康嗣はいつものように自転車で学校に向かった。

ここからの時間経過は、学校側の作成した資料だけで構成する。
ちなみに、家族側の調査では、この学校側の作成資料とは一部異なる部分があるが、ここではあくまでも学校側の認識に基づいた時間経過で構成する。

練習は13時頃から開始された。
練習開始前の康嗣の様子は普段と変わらなかったと複数の生徒が学校側の行った聞き取り調査の中で答えている。

13:00頃
1.準備運動、回転運動(前転、後転)
 このあと、1年生はセミナーハウスからビデオを観る為のテレビを道場に運搬した。

2.寝技の練習(夏期総体のビデオを再生しながら)
 1).目隠しをして寝技練習:2分間×13セット(約26分間)
  水分補給(3分)
 2).道着をつけない寝技練習:2分間×20セット(約40分間)
  水分補給(3分)
目隠しでの寝技練習とは、対戦者2人ともが目隠しをして両膝立ちの状態から双方の襟をつかみあって倒し合いをし、倒した方が押さえ込んで寝技を掛け、押さえ込まれた方はこれから逃れようとするもので、いわば寝技の乱取りのようなもの。
道着をつけないで寝技練習とは、Tシャツに帯をつけた状態で上記の寝技の練習を行うもの。
この2種類の寝技の練習は、この日初めて行われた練習であった。

前述のように、寝技の練習といっても互いに掛け合う形式ではなく、乱取りのように相手を倒すところから始まっている。
この練習内容では、初心者の康嗣は技をかけられる一方であったことが推測される。

また、寝技の練習の途中(13;30頃)から、一宮顧問の知人であるというN氏が練習に加わった。
このN氏という人物が、いかなる理由や経緯によって練習に参加し、指導することになったのか、学校側が部外者であるN氏に柔道部の指導を了承していたかについては、学校側からは何ら説明をされていない。
また、この人物がいかなる人物で、どのような指導経験があるのかも、学校側からは明らかにされていない。
そもそも、学校側が私達家族にした説明では、N氏なる人物が当日、練習に参加していたことすら知らされていはいないのだ。

また、学校側は、当日N氏が練習に参加し、指導にあたっていた事を事故後即座に教育委員会に知らせる事をせず、このN氏への聞き取りが行われたのは、事故後、なんと2ヶ月が経過してからであった。
事故直後、N氏が練習に参加していたことを学校側が認識をしていたのかも怪しいと私は思っている。
また、部外者が練習や指導に参加する事を学校側が了承していたのかも、疑問に思っている。


14:15頃
3.夏期総体のビデオを全員で鑑賞(約40分)
このビデオ鑑賞の間は、練習は行われず、道場に運び込んだテレビでビデオを鑑賞するだけだった。

15:00頃
4.打ち込み100本
相手を固定しての打ち込み練習で、100本が終わったものから随時水分補給をして休息をとっていた。
ただし、康嗣の場合、この打ち込みが終わるのが一番最後であったため、水分補給をしたのみで、すぐに次の練習である乱取りを行う事になった。

この打ち込み練習の後、乱取り練習が行われた。
この乱取り中に、I顧問に投げられた直後、康嗣は意識不明の重体に陥ることになる。

(続く)

【2010/04/27 14:56】 | 事故の経緯
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事故当日までの事については記載した、次は事故当日の事なのだが、その事に触れる前に、記載したい事がある。
秦荘中の柔道部では、練習中に(練習外でも)一宮顧問が頻繁に生徒を平手で殴っていた。蹴ることもあったという。

叩かれる理由は、様々で、

練習中に気合いが入ってないと言っては、バッシーン!
練習を休ませてくださいと言いに行くと、バッシーン!
休む理由が、体調不良であっても、バッシーン!
試合に負けたら、試合会場でバッシーン!

道場中に音が響くような強さで、一日にのべ4~5人の生徒が殴られていたのだという。

私は、この事を聞いた時に、このご時世でまだこのような事をする先生がいることに驚いた。
それとも、これは秦荘中の柔道部に限ったことではなく、中学の柔道部などの運動部では、今でもこれが当たり前なのだろうか?
他の学校の柔道部でも同じような事がおこなわれているのだろうか?

このブログで再三言っているように、柔道は危険なスポーツだ。
遊び半分で練習をしたり、ふざけて練習をしたりする生徒に厳しく指導することは(もちろん、だからといって平手で殴ってよい理由にはならないが)、事故を防ぐためにも必要だと思う。

だが、試合に負けたとか、体調不良で休むとか、そのような理由で殴られることが指導だとは、私には思えない。
その事が、何故問題視されなかったのか、私には疑問でならない。

私はこの事を、北村校長に問いただした。
日常的に平手打ちがおこなわれていたようだが、これは体罰ではないのか?と。
調べて欲しいといった所、後日北村校長は、

学校側は体罰があったとは認識をしていないので、調査はしない」という返事をしてきた。

平手打ちはあったが、体罰ではないという認識らしい。

もちろん、康嗣も殴られていた。
私は、康嗣の保護者として、康嗣が殴られた事は体罰であると認識をしているので、調べて欲しいと食い下がると、北村校長は、
「その事は、当事者である康嗣君がいないので調べようがない」と言った。
康嗣は死んだのだから、今更聞けないでしょう、という事だ。
遺族に平然とそのような事が言える神経にまず驚く。

次に、別の保護者の方が、自分の子供も殴られていた、これは体罰であるから調査をして欲しいと校長に依頼をされた。
康嗣は死んでしまって確認ができないが、今も学校に通っている生徒の保護者の方からの依頼だ。
この時にも北村校長は、
「学校側は体罰があったとは認識をしていないので、調査はしない」という返事をしている。

平手打ちは、あった。
だが、それは体罰ではないと、学校が認識している。
したがって、生徒には調査はしない。
という回答だ。

保護者から調べて欲しいという依頼があったにも関わらず、調査すらしないというのが、秦荘中学の学校長の正式な回答なのだ。

また、北村校長は、平手打ちは生徒の成長を願い、生徒も納得した上での指導であると、言った。
打たれていた生徒は納得をしているのだから、暴力が存在したとしても、指導なのだと言いたいのだろう。

しかし、殴られたことを納得していない、これは体罰だと訴えた生徒の保護者の方にも、体罰はないのだから調査はしない、という回答なのだから、生徒の成長を願うとか指導だとかの綺麗事の理屈は単なる言い訳であり、とにかく何を言ったところで、最初から調査をする気など毛頭ないのだ。

保護者の意思を完全に無視してまで、保身に走る気持ちが私には解らない。
教育者というのは、なにか起った時に、すべからくそのような対応をするものなのか?

秦荘中の柔道部では、一宮顧問によって日常的に生徒への平手打ちがおこなわれていた。
学校側は、これは指導であり、体罰ではないとする。

個人的には、それは体罰だろう、と思うが、ここではそれを結論づけたいのではない。
100歩譲って、体罰だと決めつけないにしろ、日常的に平手打ちがおこなわれていたことは事実なのだ
私が、言いたいのはむしろ、その部分。

複数の生徒さんが証言をしている。
練習中はいつ叩かれるかと思うと怖かった、と。
練習中に、顧問の平手打ちへの恐怖があったのだ。
秦荘中の柔道部を、その練習の模様を物語る一つの事実として記憶していただきたい。


最後に、一宮顧問の為人について触れたい。
私が、直接彼と接したのは数度しかないので、彼がどのような人なのかは解らない。
なので、これは柔道部の保護者の方や生徒の評価だ。

熱血漢で良い先生であったらしい。
柔道部を強くしたことでも保護者の方の評価は高かったようだ。
生徒から人気もあったと聞く。
おそらく、単に厳しいだけの先生ではなかったのだろうと思う。
保護者も生徒も、殴られていたことを問題にしなかったのは、あるいは平手打ちを納得していたのは、このような理由もあったのかもしれない。

そのような話を聞くと、おそらく良い先生だったのだろうなと、私も想像する。

だが、いくら保護者に評価されていようと、いくら生徒に人気があろうと、間違った指導をして生徒を死なせたならば、その責任はとらなければいけない。
当たり前のことだ。

良い人だからという理由で、許される事ではない。
良い人だからという理由で、過失がないと決めつけられる事ではない。

良い人が交通事故をおこしたからといって、不慮の事故だから仕方がないね、不問にします、とはならない。
同じ事だ。
起こした事の責任をとるのが社会人というものだ。


改めて言う。
彼は、よい先生であったのかもしれない。
たが、彼の康嗣への指導は間違っていたし、安全への配慮も欠けていた。
そもそも、最後の彼との乱取りは、指導ですらない単なる有形力の行使だ。

彼の指導者としての未熟さと傲慢さが、康嗣を死に追いやったのだ。
その事の責任を、彼はとらなければいけない。
それは、彼の人物評とは、何の関係もない、人間として当たり前の事だ。







【2010/04/23 14:48】 | 事故の経緯
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指導者失格
元指導者
以前指導者でコメント書かせて頂いたのですが、訳あって今元指導者としてコメントさせて頂きます。

明治15年、柔術から危険な技を取って柔道を嘉納先生は創設され、心身鍛錬する目的だったはずです。それがいつの間にか「強ければそれで良い」と思われたのか?私は非常に残念です。

1部の指導者は未熟な方もおられます。私も怪我に対する進言を理事長に言ったのですが、「育った連盟が違うから」と言われ、そこの指導者及び連盟役員を辞任致しました。
泣き叫ぶ子供を見て怪我の状態を見ず「どうもない!!」なんて言えるのでしょうか?練習で元気のない子供を見て「もっと遣れ!!」なんて言えるのでしょうか?
確かに実績のある方だと思いますが、私はその方は指導者失格で、柔道を教える価値のない方だと思います。


Re: 指導者失格
Uncle Mustache
元指導者さん
コメントありがとうございました。
旧態依然とした指導者がいるかぎり、柔道の事故は絶対に減りません。
いくら全柔連が安全の指導の手引きを出しても、いくら講習会を開いても、それを守ろうとしない人物が指導者では仕方がありません。
元指導者さんのように、柔道界の内部からも、問題を解決する声が上がることを願っています。


必ず!!
元指導者
この様な不幸な事が起きない様に、柔道会から変えて行かなければならないと思っています。元指導者ですが、現役の役員の方々、指導者も多数しっていますので、皆さんにこのブログを見て下さいと言っています。
又、I講師も試合会場で見た事があります。

非常に近い県ですが、私達はこの事故は夕刊の小さな記事(その時は意識不明の重態)としか知りません。是非より多くの方に真実を伝え、又I講師自ら柔道経験者として、是非けじめを取って欲しいと切実に思います。
大変だと思いますが、頑張って下さい。


Re: 必ず!!
Uncle Mustache
元指導者さん
ありがとうございます。
柔道界からも安全への声が上がることを願っています。



非公開コメントをいただいた方へ
Uncle Mustache
コメントいただいた内容が柔道に関する事故によるものでしたら、被害者の会(www.judojiko.net)がお力になれるかもしれません。
また、広く学校での事故に関わることでも、ご相談の窓口などをご案内できると思います。
ご遠慮なくご連絡ください。

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次に、柔道部の練習内容に移る。

全柔連の安全の指導書にも、初心者への指導については配慮が必要であると記載をされていた。

では、秦荘中の柔道部において、初心者である康嗣にどのような指導がされていたのか。
どのような練習メニューが課せられていたのか。
この事ついて記載していきたいと思う。

柔道の初心者がまず身につけるべきこと、これは柔道の門外漢であったとしても「受身」であることは容易く推測できる。
全柔連の安全の指導書にも、受身の重要性が説かれていた。

技能レベルに応じた受身
受身は事故防止の基本であり、毎日繰り返し練習して、正しい動作を習得する必要があります。
上達に伴って、強くスピードのある技、予測のできない連絡や変化する技を掛けられることが多くなります。
したがって上級者になっても、技能レベルに応じた受身が必要になります。受身の練習は初心者のときに行えば良いということではありません。


繰り返し練習をしなければならないのは、投げられた時に自然に受身が出るようにする必要があるからだろう。
ある柔道の熟練者は、初心者のうちは投げられた時に受身を意識してするが、経験を積むと意識をせずとも自然に受身ができるようになると言っていた。
また、受身をする時には同時に顎を引き締めて首と頭を前にもってくる事が必要で、これは頭を防御するうえで重要な事だと言っていた。
これが身に付くようになるには、相当の経験が必要だと。
特に、疲労がたまるとこの動作ができなくなり、頭を打ち易くなるのだと言っていた。

かように、柔道における受身というのは、事故を防止するうえで重要なものなのだ。
特に初心者は、この受身が出来ているかどうかで、事故の危険性に大きな差があると思える。

具体的な日数には言及しないが、家族の調査で、入部後、康嗣が受身を指導されたのは10日間に満たない事が解った。

わずか10日間程指導をされただけで、受身というのは身に付くものなのか。
誰が考えても、無理な事は明白だ。

これ以降、柔道の練習中に、練習を中断して受身を指導するということは一切行われなかったのだという。

事故翌日、学校側が行った生徒の聞き取りに、
康嗣は受身が上手ではない。
と記載した生徒さんがいたことを思いだされる。

この受身の練習がされたあと、康嗣を含む初心者は、強豪校と呼ばれる秦荘中学の柔道部の先輩達と、ほぼ同じ練習メニューが課せられていた。

全柔連に安全指導の手引きには、段階的な練習が必要であると説かれていたが、受身を短期間だけ練習させて、あとは経験者と同じ練習をさせる事のどこが、段階的な練習なのだろうか。

この事一つをとっても、一宮顧問の初心者に対する指導方法は、間違いであり、安全への配慮がなされていなかったと言ってもよい。

また、全柔連の安全指導の手引きでは、乱取り練習の前に、約束練習の必要性を説いている。

攻防方法を身につける約束練習
約束練習は、打込で身につけた技を用い、攻防の行い方をパターン化して練習する方法です。
この練習を行わずに乱取(自由練習)へ進めると、応じ方が分からず、腰を引いたり腕を突っ張る防御に陥り易くなります。
その結果、相手が無理な体勢から強引に技を掛けようとするなど事故の誘因になりかねません。
約束練習は、技能レベルに応じた多様なパターン化が可能であり、安全な乱取ができるようにするためには省略できない練習法です。


家族の調査で、この約束練習なるものも、初心者には指導されていない事が解った。

ようするに、受身を極めて短期間指導したあと、I顧問は、約束練習を指導せず、すぐに強豪校と呼ばれる秦荘中の経験者の生徒とほぼ同じ練習メニューを初心者に課しているのだ。
これは、事故当日の練習内容をみても解る。当日も、経験者とまったく同じ練習が課せられていた。

6月の初旬に、康嗣がふくらはぎの内側の筋断裂になったのも納得がいく。
経験者といきなり乱取り練習をさせれば、当然そのような事にもなるのではないか。

また、受身を身につけ切れていない初心者がいきなり経験者と乱取りをすることになれば、当然だが頭を打つ危険性は増大する。
誰が考えても、あきらかなことだ。

このような指導は、とても初心者への配慮や、安全への配慮がされているとは到底思えない。

日頃から、初心者への配慮を欠き、安全への配慮を欠く、I顧問の無謀な指導が、康嗣の事故に繋がったのだ。



【2010/04/19 12:35】 | 事故の経緯
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事故の経緯に戻る。
正式入部から事故当日までの事を記載しようと思う。
ちなみにこの年度に入部した新入生6人のうち、柔道の未経験者は康嗣ともう一名の生徒さんだけであった。
あとの4人は、スポーツ少年団で柔道を経験した子供達だった。
この4人の生徒さんは、柔道の基礎ができていたのだ。

2009年5月15日(金)が正式入部、その日から事故当日まで、康嗣が柔道部で練習をしたのはわずか30日にも満たない。
正式入部後の翌週末からは、中間テスト前の休みがあった。
6月に入って部活が再開されたが、康嗣は6月の初旬に柔道部の練習中に足を怪我をした。

柔道部の練習後、自宅に戻ってから康嗣の脚の腫れがひどいので、それを気にした妹が病院に連れて行き診察を受けた。
ふくらはぎの内側の筋断裂であると診断をされた。
自転車通学、階段の昇降、部活動はこの日から当分控えるように言われる。

正式入部をしてから、10数日間ほど練習をした時に筋断裂になった。
10数日といえば、本当の初心者だ。
その初心者が、自転車通学も、階段の昇降も医師から控えるように言われる筋断裂をするような練習とは、どのような練習であったのだろうか?

全柔連の安全指導の手引書には、

順序に沿った段階的練習

の必要性が説かれていた。
また、初心者への配慮の項目には、

学校における部活動などでは、初心者と経験者が混在し、技能差が大きな相手同士が練習する機会が多くあります。
初心者の動作に注目し、個別指導や、必要ならば練習を一時止めても適切な助言をすることが必要です。


と記載されてあった事を思い起こしていただきたい。

この怪我の翌日、妹は康嗣の担任の池下教諭と一宮顧問に面談をしている。
学校側も、妹と一宮顧問の面会資料を作成しているが、この日の事は何故か学校側の資料からは欠落している。

妹は、筋断裂だという病院からの診断を話し、親子共々柔道は初心者なので、どういう時にすぐに病院に行けばよいのか、状態を見て判断をしてほしいと一宮顧問に話し、しばらく部活動は休まざるえない事を説明した。

康嗣は、入部してすぐに柔道部の練習中にこのような怪我を負った。
この日から、6月末まで、怪我の治療やテスト休み、体調不良などで康嗣は部活を休むことになった。
当然だが、同じ日に入部をされた未経験者の生徒さんよりも、練習日数が少なかったのだ。

妹はこの他にも、6月26日、7月11日、7月17日にも一宮顧問と面談をしている。
そのすべてにおいて、妹は康嗣は初心者で喘息もある、他の子供と同じ事はできないと思うので、長い目で見てやって欲しいと顧問に伝えている。

この依頼の他に、

6月26日は、朝練習は、体調不良のため休ませて欲しいといい、それを了承してもらっている。

7月11日には、妹から一宮顧問に、康嗣は喘息を持っているから、この子のペースで指導をお願いしたい。
喘息もあるので、他の生徒さんと同じ練習ができないこともある。その時に、他の生徒にずる休みをしていると思われているようで、それが辛いと康嗣は言っている。喘息の事を部員のみんなにも、伝えて欲しいと、お願いをした。
一宮顧問は、喘息の事は、私からみんなに伝えますと、この時に約束をしている。

しかし、この事は、生徒には何一つ伝えられていなかった。

7月17日は終業式で、その後の面談で夏の間は体力をつけることを目標にさせたいと一宮顧問に話をしている。

正式入部の日に、副顧問の木村教諭に申し入れたのを含め、計5回、妹は、康嗣は初心者で、運動も得意ではない、喘息もある、他の事同じことはできないと思う、長い目で見て欲しいと訴えているのだ。


秦荘中の柔道部は強豪なのだそうだ。
強くなりたいと願い、そのための指導を希望する生徒もいるだろう。
しかし、康嗣のように柔道は体力をつけるためだと割りきって選択する生徒もいる。
そしてその事は、保護者から顧問に伝えられている。

義務教育においておこなわれる部活なのだ。
体力をつけるための柔道、体力をつけるための部活、私はそういうものが認められてしかるべきだと思う。

また、秦荘中は部活動は全員参加が原則だ。
すべての生徒は、何らかの部活に参加しなくてはいけない。
であるならば、尚の事、体力をつけるという目標のために運動部に入るという事は、認められてしかるべきであると考える。

また、わずか10数日で階段の昇降もできなくなる怪我を負うこと自体、初心者への適切な指導がおこなわれていたのだろうかと疑問に思う。

一宮顧問は、全柔連の安全指導の手引き通り、初心者に配慮をし、その個人にあった練習メニューを考案していたのだろうか。
そもそも、安全に配慮するという姿勢があったのだろうか?

一宮顧問は、過去にも練習中に鎖骨を骨折した生徒を、練習の終わるまで柔道場の隅で、氷を当てさせて寝かせたままにしていたという。
翌日になっても、腫れが引かないので保護者の方が病院に連れて行ったところ、鎖骨骨折と診断されたのだそうだ。
この時にこの保護者の方は、教育委員会に抗議をされ、一宮顧問は謝罪をおこなっている。

全柔連の指導書に

1件の重大事故の陰に、29件の軽い小さな事故があり、(中略)・・・、事故は起こるべくして起こるとも考えられます。
軽い小さな事故や、事故に至らない潜在的危険を軽視したり見落とさないことです。


と記載されていた事を思い起こす。

過去にこのような重大な事故を起こしているのであれば、より慎重な安全への配慮が必要だ。
当然であるが、学校側としてもその事に留意すべきであり、監督指導をおこなうべきだ。

妹からの再三にわたる要望、初心者への配慮、安全への配慮。
私はこらららの事がすべて無視をされていたのでないかと考える。


【2010/04/16 11:07】 | 事故の経緯
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sapporoedu
 訪問者履歴からこのブログにたどりつき興味深く読ませていただきました。

 教員免許の講習のように柔道部の指導者を続けるためにも免許を与え更新制にするべきだと私は思います。
 免許更新のとき怪我予防の知識を習わせて裁判での言い逃れをできなくさせ、事故の抑止力につながればと思います。

 免許の更新だけなら適当に受けて更新するものもいると思うので昇級昇段試験にもけがを防ぐための筆記試験の義務付けも要求してみるのもいいと思います(もちろん上級者なら最新の事故例やその対策なども。事故を身近に感じなければこういう事故は対岸の火事にしかうつらないでしょうから、講習のとき実際に事故を起こした指導者に義務として公演させるのもいいでしょう)。

 初心者や初級者が多い小中学生が試験のたびにそういう知識に触れるのはいいことだと思います。

 被害者の会から文部科学省に働きかけてみてはどうでしょうか。

 私自信、塾で子供たちを教えていることもあり体育の柔道の事故のことはいつも心配しています(頭を打つことは学力の低下にもつながり、高次脳機能障害の心配もあります)。正直な話、武道必修とかやめて欲しいと思っています。

 Uncle Mustacheさんたちの活動が成功してこういう事故の被害者がいなくなることを望みます。

コメントありがとうございます
Uncle Mustache
sapporoedu様
コメントありがとうございます。
私も、武道の必修化にあたっては、指導者を選定する明確な基準と、指導者への安全講習は欠かせないと思っています。

文部省も全柔連も安全のための指導書の手引きを出して、安全への配慮を呼びかけていると説明をするのでしょうが、それらが厳格に守られていないことが、事故の多発に繋がっている事は間違いありません。

柔道家の山口香さんが、ご自身のブログで大変興味ある記事を掲載されていらっしゃいました。
http://blog.goo.ne.jp/judojapan09/e/b41fe1790cc7e1723d4d00ab08f7193d
ここに記載されている通り、文科省も入れた上で、柔道界と被害者は連携しあって、柔道事故の減らす努力をするべきだと思っています。


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