2009年7月29日滋賀県秦荘中学校の柔道部で顧問に投げられた直後に意識不明になり、約1ヶ月後に急性硬膜下血腫で死亡した村川康嗣(当時12歳)の柔道事故の真実を明らかにし、それを多くの方に知ってもらうためのブログです。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009年8月26日
葬儀がおこなわれた。

私は、通夜も葬儀も学校関係者と愛荘町関係者の参列を断った。

康嗣の友だちが、たくさん来てくれた。

妹が最後に喪主の挨拶をした、その全文をここに掲載する。

----------------------------------------------------------------

本日は、ご多用にもかかわりませず、ご会葬、ご焼香をたまわりまして、ありがとうございました。

おかげさまで、康嗣の葬儀、告別式をとどこおりなくすませ、これから出棺のはこびとなりました。

ありがとうございました。

 

7月29日。

あの日、こうじは元気に自転車で中学に向かいました。

朝、あれほど元気だった子供が、夕方には、口や鼻からチューブを入れられ、脳の腫れがひどいので、頭蓋骨を外されたまま、物も言えぬ姿になって病院の集中治療室のベッドに横たわっていました。

 

病院に運び込まれた翌日には、主治医の先生から、脳の損傷が酷く、絶望的だと宣告を受けました。

一週間後には、脳死になったと告げられました。

その翌日には、呼吸が止まりました。

私たち家族は、康嗣の心臓が動き続ける限り、延命措置を講じて欲しいとお願いをしました。

 

それから、私たちは日に日に、ゆっくりと死んで行くこうじを見守り続けるだけでした。

 

その間も、頭の腫れは、どんどん酷くなりました。

脳が晴れ続けるので、目が飛び出し、まぶたが閉じられなくなりました。

脳が腫れて、頭はどんどん肥大しますが、食事をとってないので、他の部分はやせ細っていきました。

日をおうごとに、状態は悪くなっていきました。

 

死ぬ事が解っている子供を見守る事しかできない事。

自分の子供に、ゆっくりと死が訪れる事を、ただ待つしかできない事。

それが、どういう事が、解っていただけるでしょうか?想像していただけるでしょうか?

 

今日、ここにいるこうじは、頭の腫れもなく、きれいな顔をしています。

でも、月曜日までのこうじは、ここにいるこうじの顔ではありませんでした。

ここにいるこうじが、頭も大きくなく、目も飛び出していず、奇麗な顔をしているのは、それは肥大した脳を取ってしまっているからです。

 

これが、私たち家族に起こった現実です。

 

入院してから27日間、呼吸が止まってから17日間。

こうじの心臓は動いてくれました。

呼吸が止まってからも、こうじは、17日間も頑張ってくれました。

 

きっと、こうじは何か言いたかったのだと思います。

何かを訴えたくて、こうじはずっと頑張っていたのだと思います。

 

康嗣は、将来は建築家になりたいという夢を持っていました。

これからの人生で、その夢に向かって、一歩ずつ、前へ進んでいく予定でした。

しかし、その夢は、無惨にも途中で断ち切られてしまいました。

 

康嗣が、何をしたというのでしょう?

何故、康嗣は、夢を取り上げられ、何故、康嗣は死ななければならなかったのでしょう?

 

学校に聞いても、応えてくれません。

 

 

 

昨晩も今日も、多くのこうじの友人の皆さんにきていただけました。

康嗣は、これからもっと皆さんと一緒の時間を過ごすはずでした。

 

もっと一緒に、遊びたかっただろうし、テスト勉強の苦労もわかちあいたかっただろうし、修学旅行にも行きたかっただろうし、恋愛話もしたかっただろうと思います。

 

康嗣は、みなさんとそういう時間を過ごす事はできなくなりましたが、皆さんが友達と一緒にいる時、何かの時に、ほんの少しでも康嗣の事を思い出してくれると嬉しいです。

 

そして、皆さんにお願いがあります。

 

たとえ相手が誰であろうと、それが学校の先生であろうと、間違っていると思う事、おかしいと思う事、無茶だと思う事には、それを断る勇気、おかしいと言う勇気を持ってください。

そして、何より、本当に何より、自分の身体を、自分の命を、大切にしてください。

 

保護者の皆さん、どうか、皆さんの子供の命を、全力で守ってあげてください。

 

そして、こんな悲しい事件が、もう二度と起こらないようにしてください。

 

康嗣の生涯は、12年という短いものでしたが、その人生の最後に、多くのお友だちが会いにきてくれたこと、多くの皆さんのお見送りをいただけたことを、喜んでいると思います。

 

ご参列いただきました皆さん、本日はありがとうございました。

皆さんのご厚情に重ねて御礼申し上げます。

ありがとうございました。 
関連記事
スポンサーサイト

【2009/08/26 19:00】 | 康嗣の症状・術後の経過
トラックバック(0) |
7月29日の朝、「行ってきます」と言って出て行った康嗣が、27日ぶりに帰ってきた。


【2009/08/24 18:10】 | 康嗣の症状・術後の経過
トラックバック(0) |
2009年8月24日午前2時6分
康嗣の心臓が止まった。 

自発呼吸が止まってから17日間、動いていた心臓が止まった。
 

【2009/08/24 02:06】 | 康嗣の症状・術後の経過
トラックバック(0) |

2009年8月14日
8月9日に病院でおこなわれた学校側の説明の際に、いくつか質問をしたことへの回答をしたいと学校関係者が実家に来た。
こられたのは、北村校長、川島教頭、谷田学年主任。 

以下、一問一答形式で。

1.事故の経緯を説明する資料で、後から作成されたものに、絞め技を「落ちるまで締めつづけろ」と一宮講師が言ったとする生徒の記述が削除されているのは何故か?
警察に、より新しい資料として提出をしているのであれば、この部分が削除されているのは問題ではないか?
↓ 
記載漏れは意図的でなものではない。
しかし、警察には訂正した資料を再提出するつもりはない。どう受け取るかは警察次第である。


2.保護者会の資料に、生徒の聞き取り内容が反映されていないのは何故か? 

7月30日に渡した資料がすべてであり、それ以上の事は確認できない。
また、生徒の聞き取りは、当日の練習の場所に学校側の人間が誰もいなかったので、聞き取りの内容が真実であるかどうかが確認できない。

3.乱取りの指導内容が適切なものだったと判断をしているか?

日常的に乱取りでは、受け身を指導し、引き手をちゃんと引いていると一宮講師が言っているので、その通りである。
 
生徒の聞き取りは、学校側の人間が誰もいなかったので、真実であるかどうか確認できないと言っているにもかかわらず、一宮講師の言う事はそのまま信じるという事らしい。
 

4.落ちるまで占めろというのは適切な部活動の指導として適切か?
↓ 
この言葉を一宮講師が言った事が事実かどうか、学校側として立証できないので回答できない。また、この部分は事故の確信となる部分だと思われるので、回答できない


5.体罰の存在の有無
柔道部で日常的に平手打ちで生徒を殴っていたという情報がある。
一日の練習で必ず数名の生徒が殴られていたと聞いたが、これは体罰ではないのか?

学校側は体罰はなかったと認識している。
したがって、生徒への聞き取りをする必要はなく、調査もしない。

6.当日の練習が適切であったのかどうか?

その場を学校関係者の誰も見ていないので、学校として確認できない。また、今回の事故の確信となることであり、警察の調査も入っているので回答できない。


以上が、主たる回答の内容である。
こちらの質問には何一つ応えていない、まさしくゼロ回答である。
なおかつ、体罰という重大な側面については、体罰はないのだから、調査はしないのだ、と言い切った。

以前から北村校長は、学校に管理責任があると私に言ってきた。
私は彼に、管理責任とはどういうもので、誰がその責任をとるのかと質問した。

北村校長は、こう答えた。
学校の管理下の部活動中で起こった事故であり、結果的にこのような重大な事になってしまったという事だ。
警察の調査をまたなければ、責任にも言及ができない
8月9日の段階で、警察に提出した資料のすべては家族に提出した。
それが、家族への学校側の誠実な対応であると思っている。

自分たちでは何一つ真実を見据えようとしないこの答えが、私たちへの誠実な対応なのだそうだ。

この日の説明を最後に、学校側からは何の説明もされていない。


【2009/08/14 18:47】 | 学校側の説明・対応
トラックバック(0) |
妹がPTSDと診断されてから、私は学校や町の関係者に直接妹にコンタクトをとらないように再三にわたりお願いをしていた。

妹の精神的な負担を少しでも軽減したいためだ。

彼女は、今、康嗣の側についているだけで精一杯の状態であり、今回の原因を作った関係者と話すことで、彼女の精神的な苦痛が増す事を恐れたのだ。

にも関わらず、学校は、平気で妹に連絡を入れてきた。
何故、ここまで非人間的な対応がとれるのか、私には考えられない。
妹の心理状態を考えれば、それがいかに彼女にとって精神的な負担になることか、解るはずではないか。

彼らには、他人の痛みを解ろうという気持ちよりも、自分たちの主張を認めさせたいという、その事のほうが大事なことなのだろうと思った。

私は、北村校長に抗議をし、話があるなら私にしてほしいと依頼をした。
北村校長は、事実を包み隠さず話すので説明をしたいと言った。

2009年8月9日
病院のICUの待合室に、北村校長、川島教頭、谷田学年主任、柔道部の副顧問の木村教諭、康嗣の担任の池下教諭が来た。
事件の当事者である一宮講師は、その場にはいなかった。

私はまず、康嗣に面会をしてもらった。
今の康嗣の状態を見てもらいたかったのだ。
その上で、話を聞きたいと思った。

康嗣は、ICUのベッドの上で、自ら呼吸身できず、体中に管を繋がれ、静かに横になっている。
呼吸器で呼吸をしているからが、息を吸う時に必要以上に胸が大きく動いた。
目は、開けられたまま、ここ数日で白濁してきた瞳は、空をただ虚ろに見つめている。
呼びかけに反応もせず、手を握っても握りかえす事もない。

私は、一人一人に康嗣の状態を見てもらった。
これが、あなた方の学校で起った事だと言った。

その上で、この康嗣の姿を見た上で、あなた方の語る真実を説明してもらいたい。

控え室に戻って学校側の説明が始まった。
学校側は、警察に提出したすべての資料を持参したと言った。

一回目の保護者会の後、警察に提出した資料であり、警察から家族に提出を控えるようにと言われたと北村校長が私に説明した、その資料である。

警察から家族へ資料を提供するのを止められているのではないかという問いに、北村校長は、「警察からそのような具体的な指示があったわけではなく、警察との話の中でそのようなニュアンスとして捉えた」と説明をした。

ようするに、警察に提出した資料なので家族に見せるなと警察が言ったわけではなく、事件当日の夜、調べた事はすべて家族に知らせると約束をした北村校長が、自分の意志として、その資料を今まで私達に提供していなかったのだ。

このような対応を平気でする学校の、何を信用しろというのか?
学校の説明は、北村校長の説明は、常にその場しのぎの行き当たりばったりで、何一つ、誠実に家族に向き合おうとはしていない。
このような人が教育者であっていいのかと私は真剣に思った。

学校側が持参した資料は、

1.「村川康嗣くんの事故について」と題された8月1日の日付がある書類。
内容は、30日に行った生徒の聞き取り資料を時間毎に並べ替え、そこに顧問のI講師に行った聞き取り内容を付加したもの。

この書類の中で、一宮講師の聞き取り内容としてこのような記載があった。

乱取りの中で投げられたときに、康嗣君が頭を打っている可能性はある。中学生の場合、投げる・(投げられた相手は)受け身をするがどちらもスカッと決まらない場合も多く、投げた方がそのまま相手におおいかぶさってしまう際に、投げられた方が頭を打つ場合もある。(原文ママ)

おそらく一宮講師は、自分との乱取りでは引き手を引いていたので康嗣は頭を打っていないが、生徒同士の乱取りの中で頭を打っている可能性はあるといいたかったのだろう。ようするに、今回の事故は自分に要因があるのではないが、生徒同士の乱取りにその原因がある可能性があると言いたかったのだ。
しかし、重要なのはそのことではない。
一宮講師は、乱取りの練習中に康嗣が頭を打っている可能性を認めているのだ。
自分が指導している部活において、練習中に生徒が頭を打っている可能性があることを認めているのだ。
このことは、極めて重要な証言であると私は思った。


2.上記の1の書類を8月8日付けでリバイスしたもの。
この資料では、1に比べ、一宮講師の言い分が更に多く取り入れられており、生徒の聞き取り内容にたいし、自分の指導が適切であることを正当化しようという彼の意思が見て取れるものだった。
さらに、この資料から、生徒の聞き取り調査にあった、一宮講師が絞め技の練習で「落ちるまで締めろ」と指示したとする記述が削除されていた
 
3.一宮講師の供述にもとづく妹のとの懇談記録。
妹のメモと照らし合わせるとこの懇談記録の内容にも妹のメモの内容とは違うものが多く含まれていた。

4.康嗣の保健室の来室記録。
 
以上の書類を、それぞれ北村校長が説明をした。
そして、これが学校側が警察に提出している書類の全てであると言った。

すべての説明が終わってから、私はいくつかの疑問点を質問した。

1.事故の経緯を説明する資料1と2で、2からは1には記載されていた「絞め技を尾落ちるまで締めろ」と一宮講師が言ったとする生徒の記述が削除されているのは何故か?
警察に、1よりも2のほうがより新しい資料として提出をしているのであれば、この部分が削除されているのはこのような生徒の供述がなかったことになってしまうのではないか?

学校は、単なる記述ミスであると説明した。
記述ミス?
私は意図的なものではないのかと食い下がった。

また記述ミスであるなら、その旨を警察に伝え訂正するべきであると伝えた。

2.保護者会の資料に、生徒の聞き取り内容が反映されていないのは何故か? 

3.乱取りの指導内容が適切なものだったと判断をしているか?

4.「落ちるまで締めろ」という指導は適切なものだと判断しているか?

5. 体罰の存在の有無
実は、この日までに秦荘中の柔道部においては、日常的に一宮講師が平手打ちで生徒を殴っているという情報が入っていた。
康嗣も同様に、一宮講師には何度も殴られていた事が解った。
私はこの事を、柔道部の副顧問である木村教諭に聞いた。
木村教諭は、一宮講師は指導の一環として生徒を平手で打ったことがある、と認めた。 
私は、これは体罰ではないのか?
生徒に確認をしてもらいたいと依頼をした。
 

以上の質問を返し、学校側は後日改めて回答をすると言った。

【2009/08/09 19:47】 | 学校側の説明・対応
トラックバック(0) |
2009年8月7日
秦荘中学で二回目の保護者会が開かれた。

私は、この保護者会の前に北村校長に康嗣が脳死になった旨を連絡をしている。

この保護者会の冒頭で、北村校長は、康嗣が依然として重篤な状態であると告げたその後に「一日も早い回復を願っている」と付け加えた。

一日も早い回復?
前回の保護者会でも、学校側の偏った説明で、多くの保護者の方は康嗣の事故が重大なものではなく、が回復可能な状態であると思われていた。

康嗣は、すでに死へのカウントダウンを始めているのだ。
その事を知っていながら、彼は何故平気でこのような言葉を吐けるのだろう。

学校側は、康嗣の様態を、事故の様子を、何一つ明確に保護者に語らない。
嘘はついていないが、事実を明確しない事で意図的な情報操作を行っていると私は感じていた。


 

【2009/08/07 23:20】 | 学校側の説明・対応
トラックバック(0) |

2009年8月7日(金曜日)
脳死状態であると告げられた翌日、康嗣の自発呼吸が止まったことをK医師から知らされた。

自発呼吸が停止した後は、確実に心停止が起こる。
それが、いつ起るのかは解らないが覚悟をしてくださいと言われる。 

統計を調べてみると、自発呼吸の停止から1週間以内に8割くらいの方が心停止し、2週間までに9割くらいの方が心停止している事が解った。

妹は、心臓が動いている間は延命措置を講じてもらうようK医師にお願いをし、了承していただいた。

家族には、康嗣の命がゆっくりと消えて行くのを見る、地獄のような日々がこの日から始まった。

そしてこの日、妹は、PTSDであると診断をされた。 

 

【2009/08/07 10:44】 | 医師の説明
トラックバック(0) |
2009年8月6日(木曜日)
朝にCTを撮った後、主治医のK医師より話があった。

右脳、脳幹の他に左脳まで損傷が及んだことを知らされる。

この時点で、脳の全機能が損害を受けており、機能が回復しないこと、いわゆる脳死の状態であると告げられた。

また、今回の事故について、必ず何らかの予兆があったはずで、その時に適切な処置をしていれば、このような事にはなっていないと明言された。

兆候があったのだ。
その兆候を見過ごされたから、康嗣は、こうなったのだ。

これは、やはり単なる不慮の事故ではない、起こるべくして起こった事故である。
私は、K医師の言葉でその事を確信した。

【2009/08/06 10:41】 | 医師の説明
トラックバック(0) |
2009年8月2日
事件より4日後の8月2日、19時より秦荘中学校で臨時保護者会が開かれた。

この日から、学校の対応が大きく変化を見せはじめる

いくつかの理由が考えられるが、私は学校側の変化は、その当日の朝刊に朝日新聞に掲載された記事が何んらかの要因になっているのではないかと思っている。
この日の朝刊で、生徒の聞き取り資料をもとにした記事が朝日新聞に掲載されたのだ。
「絞めるまで落ちろ」等の指導があったとする記事だ。
この記事の掲載により、学校側は態度を硬化させたのだと思う。
また、同時に柔道部の保護者の方にも波紋を投げた。
それは、また改めて詳述したいと思う。

この臨時保護者会には、私達家族は誰も出席をしていなかったが、出席をされていた他の保護者の方にメモをとっていただいていた。

臨時保護者会後、私は秦荘中学校に電話を入れ、今日の臨時保護者会がどのような内容であったのかを北村校長に聞いた。

北村校長は、
「何人かの保護者の方がメモをとっておられたはずですので、それを読めば解ると思います」
と答えた。

家族が、保護者会の内容について聞いた時に、自らが説明をせずに、他の保護者の方が好意でとっていただいているメモを読めば解る、と言い放ったのだ。

その時の北村校長の声のトーンは、30日に「生徒の聞き取りと一宮との聞き取りの差に愕然としている」と答えた人物と同じであるとは思えない程、無機質な声のトーンに変化していた。
まるで、他人事であるかのような事務的な言い方であった。

私は、この校長の答え方で、学校側の今後の対応を理解した。
家族と対立する腹を決めたのだと、瞬時に悟った。


私は一端、電話を切り、保護者の方がとられたメモのファックスを待った。
そして、そのファックスの内容にまた愕然とした。

保護者の方からいただいた内容によると、
学校側の説明は、当日の部活動の内容は適切なものであった、康嗣の様子は普段とおりであったとする内容で、この保護者会では、30日に示された生徒の聞き取り調査の内容には一切触れられていなかったのだ。

 

ファックスを見て、私は再度中学に電話をし、校長に質問をした。
なぜ、30日の聞き取りの内容を保護者会で説明しなかったのか、と。 

すると、校長は、

「落ちるまで締めろ」等の一宮講師の言動に触れなかったのは、30日に行った聞き取り調査の内容が到底考えられないことばかりなので、再度生徒に聞き取りを行った。
すると、最初の聞き取りは生徒の間違い、思い違いであったと生徒が言ったので、新たな聞き取り調査を行い、それに基づいて説明をした。
現時点では、これが真実であると言ったのだ。

では、何故新しい聞き取り調査を家族に示してもらえなかったのかと説明を求めると、警察(東近江署)に提出した資料なので公開を控えたと、説明をした。

30日の聞き取りは、生徒の思い違いであると言ったのだ

だが、この時の北村校長の私への説明は、後々すべてが嘘であることが解ってくる。

まず、7月30日に行われた聞き取り以降8月2日までには、新たな聞き取りなどは生徒には行われなかったのだ。
したがって、現時点でこれが真実であると言い切ったその事自体も嘘だったのだ。
当然、存在しない新しい聞き取り調査の内容も警察に提出などされていない。

後日、この事を再度確認すると、校長は、 
30日の聞き取りが生徒の思い違いであると言ったのは、私の勘違いであった」とまるで禅問答のような返答をした。

なんといい加減なのだろう。
これが、一つの中学校を束ねる責任のある学校長の言葉なのだ。

後日入手した学校が作成した保護者会の説明資料からは、真実を隠蔽しようとする意図が見て取れる。


例えば、
30日の聞き取り調査で私を愕然とさせた「落ちるまで締めろ」と言った一宮講師の指導には触れられておらず、絞め技については、適切な指導のもとに行われていると説明をされていた。

説明資料に載っていたのは以下のような文章である。

・この時は寝技もありで、絞め技もありました。
*絞め技は、中学校で正式に認められている寝技の一つで、相手の首を絞める技です。
送り締めなどがあります。毎日練習しているわけではありませんが、試合では技をかけられることもあるので、絞め技の防御の練習を2・3年生がいるときに練習しておくことが必要と考え、
適切なアドバイスのもとに、顧問がいるときのみ練習しています。

落ちるまで締めろという指導にはまったく触れず、絞め技は適切なアドバイスのもとに練習していると言っているのだ。

声が出ていないという理由で康嗣が居残らされた事に対しては、

・初心者には丁寧に教えて上げなさいという指導をしているので、乱取りの最中、2・3年生は1年生に声を出すこと、技のことなどについてアドバイスをしています」
・18本目
(の乱取り)が終わった時点で、声がよく出ていたか、積極的に技をかけようとしているかなどを一宮講師が総合的に判断をして、どんどん人数が抜けていきました。

と、上級生が、声を出すようにアドバイスをしていたことに起因しているかのような言い方をしている。

康嗣が倒れた時の事は、以下のように記載されている。

・24本目、康嗣くんが最後になりました。顧問の一宮としては、ここ1週間程は、康嗣くんは体調が良さそうに見えましたし、能登川高校に出稽古に行ったときも押さえ込みをするなど力をつけてきた部分もみられましたし、しんどかったら休んでもよいといっていましたので、実際に休んで別メニューをこなしていたときからすると、しんどくても最後までやり抜くようになってきたので、もう少しふんばらせたいと思いました

・26本目、乱取りのしめくくりとして「自分としようか」と康嗣くんの相手を生徒が続けるよりも、一宮が相手になった方が康嗣くんが頑張るだろうと思って一宮が相手になりました。一宮との練習はこの最後の2分間だけです。

(*実は、この後の家族の調査でこの乱取りが2分以上続いていたことが明らかになっている

・康嗣くんは、額に汗をぽつぽつとかいていました。いつもと同じように組む動作がゆっくり目でした。目や表情を見て出来ると判断しました」
(*乱取りの相手をした上級生の多くが、康嗣はすでにフラフラだった、握力が弱かったと言っていることに対し、いつものようにゆっくりであった、とする事で、それが普段と変わらないことであり、事故を予見できるものではないと言いたいのだろう)

さらに、この資料では事件が起った時のことを以下のように記載している。

・康嗣くんが一宮に大外刈りをかけたが返されました。一宮が襟元を持ち頭部を畳に打ち付けないように持ち上げていました。
・少し動いてから、次に寝技の絞め技に移りました。
起き上がったので、しんどそうではあるが、続けられると判断しました。
16:20頃
・再び2人が組み、康嗣くんが一宮に2回目の大外刈りをかけましたが、このときも返され一宮が頭部を持ち上げていました。ところがその時、一宮は異変に気づき、あお向けに寝かせました。
「康嗣、康嗣」と呼びかけても返事がありませんでした。
・さらに服を脱がして、水をかけて名前を呼び続けました。
・同時の生徒も職員室に呼びにいかせ、様子を見にきた宇賀教諭が119番しました。その間2~3分でした。

 

これを読む限りでは、当日の指導は適切なものであり、事故は不慮のものであり、予見できなかったと捉えられる。
一宮講師が投げたときも、必要以上に頭をかばっていたことが強調され、部活動が安全に配慮されていたのだと捉えられる。

しかし、真実はこうではないのだ。

一宮講師との乱取りの時、一回目の大外刈りを大外返しで投げられた後の寝技で、康嗣は落とされて(気絶させられて)いる。
寝技から起き上がってと書かれているが、康嗣が自ら、すっくと立ち上がったのではない、この時、康嗣は起き上がるのもやっとだったのだ。
気絶している康嗣に、一宮講師は、
「何してるんや! 早よ起きんかい!」と大声で叱責をし、無理矢理立たせているのだ。

康嗣が倒れたあとも、
生徒を職員室に呼びにいかせ、様子を見にきた宇賀教諭が119番したとあるが、宇賀教諭は呼ばれて現場に来たのではない。
たまたま、そこを通りかかっただけなのだ。
一宮講師は、自分からは救急要請をせず、たまたま現場を通りかかった宇賀教諭が電話を入れたのだ。
この教諭が、たまたまここを通らなければ、救急車への通報は更に遅れていたはずであり、また、倒れてから救急車を呼ぶまで2~3分という時間も家族の調査で解った時間よりは明らかに短く説明している。

学校は、一宮講師の指導と学校側の対応には、何の問題もないと言いたい内容だ。

臨時保護者会で、30日に行った聞き取り調査の報告をせず、それを暗に否定する内容を羅列し、それが新しい聞き取りに基づくものだと平気で嘘を言い、その嘘が解った後も、保護者には一切の訂正をしていない

多くの保護者の方は、この時の学校の説明をそのまま真実だと、今でも受け取っていらっしゃるだろう

事実、この時、保護者会に出られた大半の保護者の方は、康嗣の症状がそれほど重くはなく、事故も対した事がないのだと思われたのだそうだ。

秦荘中学校は、意図的に真実を隠蔽しようとしている。
私はこの時、そう思った。


この時点で、私は学校側は真実を明かすつもりはないと判断をした。
この日から、私は学校関係者の見舞いを断った。

そして、私は学校側と戦うための準備をはじめる事になった。

 


【2009/08/02 21:47】 | 学校側の説明・対応
トラックバック(0) |

実名でかまわないんです
日本レファレンス批評家協会 参与
校長やその他の職員の名前を伏せていらっしゃいます。しかし実名で記述しても、何の問題もありません。現に私たちは3月あたりからブログを頻繁に実名で更新していますが、何の問題もありませんでした。

公務員は名札をつけて仕事をしているのですから、公務中の仕事は公開していいんです。なので実名を記述することをお勧めします。

コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。