2009年7月29日滋賀県秦荘中学校の柔道部で顧問に投げられた直後に意識不明になり、約1ヶ月後に急性硬膜下血腫で死亡した村川康嗣(当時12歳)の柔道事故の真実を明らかにし、それを多くの方に知ってもらうためのブログです。
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シンポジウムのお知らせが二つあります。

一つ目は、柔道事故被害者の会の第3回目のシンポジウム「柔道事故の撲滅を願う」を年明けの1月15日(土曜)に大阪で開催します。
詳細及び参加申し込みは、全国柔道事故被害者のサイトよりお願いします。

二つ目は、今週末の11月27日(土曜)に静岡市で開催される学災連・学校災害から子どもを守る全国連絡会のシンポジウムです。
詳細は、学災連のサイトをご覧ください。
今年の学災連のシンポジウムのテーマは「中学校武道必修化で子供は安全か」という柔道をテーマにした内容で、全国柔道事故被害者の会からは私が特別報告を行う予定になっています。
柔道は危険なスポーツではないこと、安全で安心できる柔道は実現できる事を欧米の事例を交えて報告いたします。

両シンポジウムとも、ご都合のつく方は、是非ご参加ください。




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【2010/11/24 18:14】 | 柔道の安全について
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June
はじめまして、Juneと申します。
わたくしは米国でアスレチックトレーナーをしておりました。
米国ではスポーツ中の死亡事故などは日本に比べると、頻繁にメディアに取り上げられていると感じます。
また、大学の部活動はアスレチックトレーナーが練習の場にいないと、練習が出来ない制度になっています。
日本の学生スポーツ、また体育がより安全に運営されるよう願います。

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先週の木曜日に愛荘町より遺族からの要望書に対する回答書が届きました。
以下に全文を掲載いたします。
(遺族よりの要望内容については、http://judojiko.blog58.fc2.com/blog-entry-112.htmlの記事をご覧ください)


2010年11月10日
愛荘町長 村西 俊雄


要望書に対する回答書

.
 2009年7月29日、秦荘中学校柔道部員であった村川康嗣さんが部活動中に倒れられ、亡くなられた件につきまして、衷心より哀悼の意を表します。
 先般のご要望に対し次のとおり回答させていただきます。

1 責任の所在について
 事故発生の要因や安全対策につきましては、第三者機関であります「事故検証・安全対策検討委員会」の報告で明らかになった点を尊重し、このような事故を二度と招かないよう関係者の全てが事故を猛省し、今後、万全の安全対策をとって安心な学校づくりを目指すことがわれわれの責任であると認識しています。
 また、法的責任につきましては、愛荘町住民や町議会に対する説明責任を有するため、権能を有する第三者機関である司法の判断を仰ぐ事が適正であると考えております。

2~3 暴力行為について
 学校および教育委員会の調査ならびに「事故検証・安全対策検討委員会」の報告のとおりと認識いたしております。
 この点につきましては、ご遺族から告訴されていることから司法の判断を仰ぐ事が適正であると考えております。
4 安全対策について
 部活動おいて暴力的な指導が行われないよう学校の安全対策に盛り込むべく指導いたします。
5 調査について
 生徒や保護者、教員に対し、可能な限り調査、聞き取りがされたものと認識いたしております。




遺族よりの要望書を読んでいただければ解りますが、町からの回答は、遺族の要望書の質問内容とは異なる事についての回答です。
視点をはぐらかせ、意図的に私達の要望そのものに答えようとしていない事がよく解ります。

1の責任については、
今回の町からの回答は、「今後の安全対策が町としての責任である」という回答です。
私達が要望書で回答をもとめたのは、今後、町が負うべき責任ではなく、村西愛荘町長が会見の場において、再三にわたり町長自らが発言している「事故の責任は町にある」というその発言の真意です。
未来の町の責務を聞いてなどいないことは、遺族の要望書を読めば中学生レベルの国語力があれば十分に解る内容です。

また法的責任に言及をして回答を逃げていますが、私達は、一言も法的責任を認めろ、などと要望をしたことはありません。

私達が要望をしたのは、村西町長自らが何度も発言されている「事故の責任は町にある」というその言葉の真意でしかありません。
自らが発言された内容を、どのような意味で話されているのかを聞いているだけにすぎません。

また、この事に議会や住民への説明責任が発生するというのなら、最初から、そのような不用意な発言をされなければ良いだけの話です。
記者会見という公の場で、愛荘町の行政のトップである人間が発言をされた以上、その発言に責任が伴うのは当然です。
発言をされた以上、議会や住民への説明責任同様に、遺族への説明責任も果たされるべきであると考えます。


2~3暴力行為について
回答書の中で「学校、教育員会、第三者委員会の報告の通りである」という内容がありますが、この報告の通りというのは「体罰はない」とする報告です。
遺族は、わざわざ要望書の中で「暴力行為を体罰とおきかえない」回答を求めています。

私達は、教育委員会が今年の8月11日に第三者委員会に出席し「平手打ちで殴られていた生徒がいた(2名がそれを肯定的にとらえ、1名が暴行であると言っていた)」と、教育委員会自らが認めた暴行の事実を問うているのです。

これでは、遺族への要望書への回答になっていません。

またこの項目についても、「この点につきましては、ご遺族から告訴されていることから司法の判断を仰ぐ事が適正である」という記載があります。
ここで言う「この点」とは、暴力行為の存在です。
しかしながら、私達遺族が刑事告訴をしているのは、一宮元顧問の日常的な暴力行為自体への告訴ではありません。

その程度の事は、愛荘町も解っているはずです。
解っていながら意図的に論点をぼかし、暴力行為の存在を認めない回答をしているのでしょう。
また、100歩譲って、暴力行為の存在については司法に委ねるとするなら、暴力行為がありながらそれは体罰でないとした先の報告自体も撤回し、それも含めて司法に委ねるとするのが、まだ公正な判断であろうと思います。

ある一方の事実のみを隠蔽し、司法判断にゆだねるとする町の姿勢には、この問題の抱える深い闇を感じます。
ここまでして、町や教育委員会が守りたいもの、それは、私達の刑事告訴の対象者を見れば、はっきりとしていると思います。
彼らが守りたいものは、守ろうと必死になっているものは、私達が業務上過失致死罪で刑事告訴をした北村学校長であり、彼を守ることが自らと組織の保身に繋がるからだと推測します。

彼らが、暴力行為を体罰の定義論にすりかえて、暴力行為そのものの存在を執拗なまでに隠蔽しようとしているのは、暴力行為の存在を認めれば、そのような暴力行為を放置していた学校長の責任とさらに教育委員会の責任が追求されるからです。
ただ、そのためだけに、私は彼らが暴力行為を隠蔽しているのだと思っています。
ただ自らの保身のためだけに、一人の子どもの死に向き合わず、事実を隠蔽しているのだと思っています。

4の項目の回答で、愛荘町は部活動において暴力的指導が行われないよう安全対策に盛り込む事を認めました。
愛荘町は、この4の回答で、暴力的な指導が不適切で、安全に反するものだと認めたという事です。したがって、暴力的な指導の排除を安全対策に盛り込むとしたのです。
暴力行為が不適切であり、安全に反する物であるなら、それが行われていた事が教育委員会の調査で解っている以上、一宮元顧問の指導も、不適切であり安全に配慮されたものではなかったという事になります。

最後の5の回答については言語道断です。
藤野教育長自らが、全校生徒への調査を約束されたのです。
その全校生徒への調査が、直接聞き取りを行ったのがわずか3名の生徒に変更された事が、可能な限りおこなわれた適切な調査とされるなら、このような事がまかり通れば、今後愛荘町は、公の場で行った約束を平気にで反古にできることになります。
このような事が許されて言い訳がありません。


長々と述べてきましたが、今回の回答書については、遺族からの要望書についての回答したものではありません。
そして、今回の愛荘町からの回答で非常に重要な事は、愛荘町も十分に、その事を認識をしたうえで、ある意図を持って敢えてこのような回答をしているという事だと思います。

要望内容が理解できずに、ちぐはぐな回答をしているのではなく、ある明確な意図のもとに敢えて、このような回答をしているのでしょう。

先の会見で、要望書への回答内容によっては、遺族は民事提訴に踏み切ることを愛荘町に明言しています。
今回の回答は、その事への愛荘町の明確な答えであり、愛荘町が遺族の民事提訴を受けて立つという意思表示であると判断をいたします。






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【2010/11/15 10:59】 | 愛荘町の説明・対応
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初めまして。
大阪で柔道を学んでいる社会人です。
私は法律については全くの素人なので何も言えませんが、個人的には私も柔道の稽古中に「壊された」経験があるので、とても他人事とは思えません。
柔道に限らず、およそ格闘技と言うものには「稽古の名を借りた暴力行為」と言う裏の一面、負の部分が存在しますが、このような事件(事故ではなく)の話を見聞きする度に、自分は人を殺す事も可能な技能を学んでいるのだと言う事を認識させられます。
残念なのは当の柔道界―具体的には(財)全日本柔道連盟と(財)講道館―が、このような暴行事件・負傷事故に対してあまりにも消極的だと言うことです。
私個人の力など微々たるものですが、せめて自分の目が届く範囲だけでもこのような理不尽な事が起きないよう、稽古と指導に取り組んでいきたいと思います。

ご遺族の皆様の活動は陰ながら応援しております。


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