2009年7月29日滋賀県秦荘中学校の柔道部で顧問に投げられた直後に意識不明になり、約1ヶ月後に急性硬膜下血腫で死亡した村川康嗣(当時12歳)の柔道事故の真実を明らかにし、それを多くの方に知ってもらうためのブログです。
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女子柔道の日本代表選手らが強化合宿で園田隆二監督と男性コーチによる暴力やパワーハラスメントをJOCに告発したというニュースが大きく報道れています。

NHK
日刊スポーツ
産経スポーツ

全柔連は、この事実が発覚したことを受けて記者会見を行い、事実関係を認めて謝罪しましたが、園田監督が深く反省していることから、このまま代表監督は続投させるのだそうです。
また、同時に処分を受けた男性コーチについては「選手同様、将来性がある」と男性であること以外は公表をしないという事です。
今更驚きはしませんが、いかにも甘い処分です。

しかし、その反面、JOCには、告発をしたとされる15人の選手の名前を聞いたと言うことで、これに対しJOCからは、選手を守るために名前は出せないと言われたと村上清・全柔連事務局長の話が掲載されていました。
JOCの判断は当然でしょう。

指導者が絶対である柔道界の体質を考えれば、告発をされた選手の皆さんは、ご自分の選手生命をかけるほどの非常に大きな決断の元にこの告発をされたのだと推測します。
そして、その大きな決断をさせるほど、この暴力行為は選手の皆さんには堪え難いことであったのだと思います。

そもそも、この問題については2012年の9月の時点で、すでに全柔連には情報が入っており、調査の結果、園田監督本人が暴力行為を認め、監督が始末書を提出するとともに、同月下旬に監督が暴力を振るった選手に口頭で謝罪したことで、全柔連は問題が収束したと認識していたのです。
逆にいえば、この暴力問題をその程度の認識でしか捉えていなかったのです。

しかし、この時にこの問題が解決されなかったからこそ、選手の皆さんはJOCへの告発に踏み切ったのだと思います。
全柔連は、今回のこの告発が、何故全柔連ではなくJOCに対して行われたのか、その理由を深く考えるべきです。
全柔連の暴力行為への認識の甘さ、対処の甘さが、今回の自体を招いたのだと私は思います。

そして、さらに容易に推測できるのは、このような事は日本の柔道界においては日常的なことであり、今回の問題も、氷山の一角でしかないであろうという事です。

いま全柔連は組織を上げて、柔道の安全問題に取り組んでいるという姿勢を示しています。
しかし私は、暴力行為を行う人間にも、暴力行為を容認する人間にも、柔道の安全を語る資格はないと思っています。

体罰の問題でも記載をしましたが、暴力を愛の鞭であるとか、暴力で選手を強くするなどというのは、暴力を振るう側の一方的で勝手な理屈でしかありません。
暴力行為を行う人間にも、その暴力行為を容認する人間にも、真の安全配慮などできる訳がありません。

全柔連が本当に柔道の安全を考え、柔道の未来を考えるのであれば、暴力による指導を徹底的に否定し、排除するべきです。

そして今回の問題についても園田監督らには厳正な処分を課すべきであると考えます。
告発をされた選手の方は、何よりもそれを望まれて大きな決断のもと、この告発をされたはずです。

暴力問題を仕方のないこととして容認し、放置してきた柔道界の体質が、いま問われているのです。
この問題の重大さを全柔連は真摯に考え、毅然とした対応をされるべきです。


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【2013/01/30 15:45】 | 柔道の安全について
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大阪の悲しい事件によって体罰問題が表面化し大きな報道となっています。

この国には体罰を肯定する風潮があります。
肯定という言い方に拒絶感を抱く方がいれば、体罰を否定しない考え方としても構いませんが、しかし、叩く事によって強くする、叩く事で気合いを入れる、このような考え方をする教育者が間違いなく存在し、それを教師や生徒や保護者が仕方のないこととして受け入れる事は、私は、体罰を肯定しているのと同義であると考えます。

今、問題にされ、表面化しているのは、氷山の一角でしかありません。学校のスポーツ教育の場において、体罰は蔓延しています。
件のバスケット部顧問は、強くするためには体罰は必要であると話したという報道がありました。
今日も、明日も、日本中の学校で、同様の考え方を持ち生徒に暴力を振るう教育者は変わらず存在しつづけるでしょう。

叩いて強くする、叩いて気合いを入れる、などという戯言は、暴力を振るう側の一方的で勝手な理屈でしかありません。
叩かれる側は、暴力への恐怖を感じるだけです。
その恐怖故に、指導者への恭順を示すだけです。

暴力で生徒を恭順させる事、そのどこが教育なのでしょう。
このような事は、徹底的に否定されなければなりません。

秦荘中の柔道部においても、事件を起こしたI元顧問は日常的に柔道部の生徒に対して気合いを入れるなどの名目で、叩く、蹴るなどの暴力行為を行っていました。
裁判でそれを証言していただいた勇気ある生徒さんがいらっしゃいます。
柔道部の副顧問もそれを目撃していました。
裁判の過程においても、I元顧問は「気合いをいれるために生徒を叩いた事はある」と自らの暴力行為の一部を認める証言をしました。

しかし、この事を、学校や愛荘町は未だに体罰であると認めてはいません。
秦荘中学のK学校長は、この元顧問の暴力行為を認めながら、しかしそれは「生徒の成長を願っての指導であり、体罰ではない」と私に明言しました。

教師の暴力行為を認めながら、指導という都合の良い言葉に変換し、体罰ではないと言い張る姿勢。
この詭弁にまみれた姿勢こそが、体罰を肯定し、容認し、そして事件へと繋がったのです。

秦荘中学校の柔道部において、間違いなく体罰は行われていました。
それを都合の良い言葉に置き換えて否定することは、これからも、生徒への暴力行為が行われる事を学校長自らが肯定した事に他なりません。

学校教育法11条で体罰は明確に否定されています。
体罰であると認めると、学校教育法に抵触する事実があった事を認めることになる、私は学校や行政が体罰であることを認めないのは、自らの保身のためのこの下らない理由からだと思っています。
苦しめられた生徒のことなど微塵も考えていない、保身と隠蔽の姿勢でしかありません。
このような教育者、管理者がいる限り、体罰は根絶せず、そして不幸な事件はあとを断たないでしょう。

自らの過ちを真摯に認め、過った事の責任をとり、猛省し、二度とおこさないと約束し、そのための施策を実行することこそが必要であり、その事で、初めて同じような不幸な事件を未然に防ぐことができるのです。

その事に目を背けたままでは、何の解決もされません。



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【2013/01/23 12:18】 | 学校事故・事件
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